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「診療室では伝えられないこと」NATROM先生に聞く、ポピュラリティパラドクスと正しい医療情報の普及

前回に引き続き、「過剰診断」の問題をブログやSNSで積極的に発信されている内科医名取宏(なとろむ)先生にインタビューを実施。前回の記事では、早期発見を訴え続けること、そして過剰診断の問題を深掘りました。本記事では、さらなる問題「ポピュラリティパラドクス」についてお聞きしました。

二宮みさき(以下、二宮) 前回は、過剰診断についてお聞きしました。今回はそこから派生して、名取先生のTwitterでも話題になっていました「ポピュラリティパラドクス」についてお聞きしたいと思います。

二宮みさき
二宮みさき@chira_rhythm55
CancerWithを運営する株式会社ZINE 取締役COO
2015年に乳がんに罹患、現在もホルモン療法を継続中

名取宏(以下、名取) たとえば、乳がん検診を例に取りますと、検診の結果、がんが見つかり、治療を受けた患者さんの予後は良好なんです。

「早期に見つかったから予後がいい」ということもありますが、過剰診断で実は治療せずに放置していても症状が出ないだけだった、ということもある。予後がいいのは当たり前ですね。さらに、仮に検診を受けず自覚症状が出てから診断されても、十分に治療が間に合う進行の遅いがんもあります。そういう「予後のよいがん」が検診では見つかりやすいのです。

患者さんの視点に立てば、乳がん検診で早期にがんが見つかり、早期に治療し、再発もなく助かったならば、「検診のおかげだ」と思ってしまうものです。診ている医者だってそう思います。

その結果、社会全体に「これはいい検診だから、どんどんやっていこう」というサイクルが生まれてしまい、ますます不必要な検診が増えていってしまう。これがポピュラリティパラドクスというものです。

二宮 私もそうでしたが「検診を受けたからがんが見つかり、治療ができた」という実感があるので、他の人にも「検診を受けたほうがいいよ」と言いたくなってしまう気持ちも分かります。

問題は、前回もお聞きしたように、「患者さん本人も過剰診断だったかどうかは分からない」ということですね。それなのに、あらゆる人が「自分は検診のおかげで助かった」と自覚し、周囲の人に勧めてしまう。

名取 乳がん検診は、まだいいんです。がんによる死亡を減らす効果も望めます。

しかし、問題は甲状腺がんの場合です。甲状腺がんは、検診をしなくても予後がとてもいいので、検診の有無にかかわらずがん死を減らすことは非常に難しい。検診によるがん死亡率の減少効果が期待できないんです。

そういう状況でも、検診をしてしまうと、山ほどがんが見つかってしまいます。

早期発見で治療し、再発もしないとなると、「検診のおかげで助かった」という気持ちになる患者さんが特に多い。

韓国における甲状腺がんの検診は、まさにその事例です。次々に見つかるものだから、医療者側は検診に積極的になりますし、患者さんも検診に前向きになる。結果的に、一時はがんの罹患者数が15倍ぐらいにまで膨れ上がりました。

でも、何の理由もなく突然そんなに増えるわけないんです。おそらく15倍に増えた分は、過剰診断が起きていると思われます。おおむね、95%ぐらいの、ものすごい過剰診断が起きていたということです。

二宮 一番の問題は、診断を受ける必要がなかった患者さんが、治療を受けざるをえなくなり、肉体的、心理的、さらには金銭的なデメリットを被るということですね。

名取 そういうことです。甲状腺がんの場合は、治療せずに経過観察される場合もありますが、それでも心理的不安は避けられません。

二宮 ついつい周囲の人に検診を受けるように啓蒙したくなってしまう患者さんを、医療者側は止めさせるべきだと思いますか。

名取 患者さんがそう思うのは仕方ないですよね。「他の人に勧めないでほしい」とは思いません。患者さんの体験談は必要ですし、患者さんの発言を抑制してしまうと、今度は有益な情報まで出てこなくなってしまいます。患者さんが思ったように発言し、勧めたいなら人に勧めてもいいと思います。

前回も述べましたが、気をつけるべきは医療者側です。「無症状ですが、がんになった知人に勧められて来ました」という患者さんに、検診について適切な情報をきちんと提示すべきなんです。検診のデメリットもきちんと伝えた上で、「それでもいいですか?」と尋ねなければいけません。現在、それがあまりされていないのが問題です。

二宮 私自身は乳がんになったのが28歳で、まだ定期的な検診を推奨される年齢ではありませんでした。私はそのことは分かっていて、一方で、「自覚症状があるなら診てもらったほうがいい」ということもなんとなく知っていました。そのため、胸のしこりが気になったので診てもらったのですが……。

名取 自覚症状がある場合は、定義上、過剰診断にはなりません。先ほども申し上げましたが、検診ではなく保険診療内で医師の診察を受けてください。

二宮 若い時に乳がんが見つかると、周囲の友人なども「自分もそうなんじゃないか」と不安になると思うんです。私の周りには実際に検診に行った友人もいます。がん検診を受けたとしても、全員が必ず利益だけ得られるわけではないという認識が、もっと広まってほしいですね。

名取 「検診によって不利益を被ることもある」という認識は、以前に比べると、少しずつではありますが、広まってきています。公的な検診でも、そのことについて書かれている場合があります。

医療者としてネットで発信し続ける理由 診療室では伝えられないこと

二宮 「正しい医療情報の普及」という観点からお聞きしたいのが、SNSやインターネット上の情報についてです。

今では公的機関や製薬会社のサイトなどで、年々適切な情報が発信され、それが患者さんに届き始めていると思います。まだまだ課題はあるものの、数年前に比べては大きく改善されていると感じます。

一方、SNSでは過激でセンセーショナルな内容ほどウケてしまう傾向があります。医療関連でも「センセーショナルな治療」「必ず治る先進医療」などと間違っていたとしても分かりやすく過激な内容のほうが耳目を集めてしまうのが現実です。

名取 それから逆張りで「がん検診は一切受けるな!」という言動も流行りますよね。分かりやすいですから。

二宮 そういう言動のほうが、人々の心を掴んでしまう問題を感じていて、それをなんとかしたいんですが、人の心はどうしても過激なものに流されがち。名取先生からみたときに、どうすべきだと思いますか。

名取 うーん、難しい問いですね。難しいですが、地道に正しい情報を発信をし続けるしかないと思います。

さらに、情報の出し方も大切です。やはり、上手な情報の出し方ができる医療者もいらっしゃいます。たとえば、ヤンデル先生(@Dr_yandel)は、医学情報が正確な上、ジョークも交え、軽妙なキャラクターで多くのフォロワーを獲得しています。

内容はエビデンスに基づいているが、でも読んでいて面白く、分かりやすく情報が出せるのが最善なのですが、…まあこれは難しい。

二宮 医師としてのスキルではないですもんね。SNSにおける発信スキルのようなものですもんね。

名取 そうそう。あれはなかなか真似できない。もともと才能があった上、努力もされているんでしょう。ただ、そういう工夫をする心持ちは大事ですし、私自身も心がけています。

二宮 ちなみに、NATROM=名取宏として発信を始められたきっかけはなんだったんですか。

名取 もうこのハンドルネームで20年前ぐらい活動しています。はてなダイアリーより、はるか昔のYahoo!掲示板の頃からです。

その頃のインターネットの常識は、本名は出すものではなかった。医師になりたてだったときだと思います。

だから、適当なハンドルネームを付けてずっと活動してきたのですが、本もその名前のままで出版してしまった。今さら名前を変えられないということで、NATROMを日本人っぽい名前のハンドルネームにしたのが名取宏ということです。

二宮 医療者として臨床の現場に立ちながら、さらにネットでも発信されているのにはどういったモチベーションからなのでしょう。

名取 インターネットで発信を続ける理由は、単なる趣味の可能性もあります(笑)。色んな人と交流できるのが単純に楽しいんです。20年もやっていると、深く付き合う仲間もできました。

もう少し高尚なことを言うと、医療者として診察室の中でできることは限られています。たとえば、過剰診断やポピュラリティパラドクスの話は、診察室の中ですることではないんです。わざわざ、がんの治療を受けた個々人の患者さんに面と向かって「あなたは過剰診断かもしれません」と言う必要はありません。

しかし、一方でこれは広く認知されるべき問題です。そういう意味で、ネットというのは不特定多数に広く呼びかけることができます。1対1の関係でないからこそ、かえって伝えやすいことでもあります。そうした医療に関する情報を、診察室の外まで広く知ってもらうためのツールとして、ネットを使っています。

マスコミの健康情報を信じ込んでしまう患者 主治医との信頼関係が大事

二宮 実際に患者さんの中には、なぜか主治医に言われたことよりも、インターネットで見聞きした情報を重要視してしまう人がいらっしゃいます。私は、一般的には主治医の言うことが一番大事だと考えていますが、なぜかネットの受け売りを信じてしまう人がいる。あれはなぜなんでしょうか。

名取 私も心当たりがあります。私自身は高齢の患者さんが多いので、ネットより週刊誌の場合が多いです。週刊誌で「飲んではいけない薬」などと記事にしていますよね。その他、テレビの健康番組などもあります。それらに触れた患者さんから「こういうの見たんですか、どうなんでしょうか?」と聞かれることはあります。尋ねてくれる分にはありがたいんです。

二宮 きちんと説明できますもんね。

名取 そうです。説明できる機会がありますからね。

患者さんも色んな情報があるので不安に陥る部分があると思うんですが、こちらとしては主治医というアドバンテージがとても大きい。面と向かってきちんと説明すれば、たいていの患者さんは主治医のことを信じてくれます

一方、主治医との関係がうまくいってない場合は、他の情報に心が揺れてしまうんじゃないかと思います。医師も忙しくて、きちんと患者さんに対面するのが難しい部分があるんだと思います。

二宮 限られた時間の中でも、信頼関係が構築されているなら、患者さんの間違った情報を修正するチャンスがある。しかし、信頼関係がない場合、間違った情報に流されてしまうこともありえる、と。

名取 そうなんです。それも主に医師の責任なんですけどね。患者さんの方から何かできることではないですよね(笑)。

何か疑問に思ったら主治医に質問してください、ということです。私は「聞いてくださってありがとうございます。心配でしたでしょう」と言って、きちんと説明すべきだと考えています。そのため、限られた時間で説明できるよう努めています。

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執筆:今田祐介/編集:仁田坂淳史(ZINE)