CancerWith Blog

オンラインがん相談サービス CancerWith

がん治療・生活の不安を専門家(看護師、社労士、キャリアカウンセラー)に相談できます。

がん患者さん本位のスタートアップをやる意味

株式会社ZINEで代表取締役CEOを務めています、仁田坂淳史です。

株式会社ZINEは2015年に創業しました。創業事業はオウンドメディア支援事業。受託制作を続けるなか、長年がん患者の方の取材を行ってきました。がん患者さんの体験談を伺っていくなかで、がん患者さんの抱える大きな悩みを目の当たりにしてきました。

ぼく個人としても祖母のがん罹患と詐欺被害を経験をしたこと、その後、母の乳がん罹患を家族として経験したこと。この体験からがんを起因とした情報の非対称性は他人ごとではないと感じています。この社会課題は自分ごととして10年、20年という単位で携わりたいと考えています。

CancerWithは現在、オンラインがん相談サービスとしてがん患者さんに匿名・無料でがんにまつわる不安なことをなんでもご相談いただけます。新年の始まりにあたり、CancerWithをどのような思いでやっているのかぼく自身の体験を振り返りたいと思います。

オンラインがん相談サービス CancerWith https://cancerwith.com

肉親のがん罹患

がん領域のスタートアップを立ち上げたのは、がんを起因とする情報の非対称性を解消したい、という思いがあったからです。

情報の非対称性解消がこれまでのテーマだった

すこし自己紹介させてください。ぼくは高校まで大分県日田市というところで育ちました。友達も少なく田舎で距離があり会いに行くのも時間がかかるため、人との交流が少ない学生時代でした。情報ソースはもっぱら父の買ってくる大量の雑誌*1。自転車雑誌を読み自分でロードバイクを組み立てて自転車旅をし、『BE-PAL』の影響で高校の長期休みの間中ヒッチハイクをしていました。大学になって関東に出てきて、情報量の多さにクラクラしました。この体験を通して田舎と都会の情報量の違いや、メディアを通して人に影響を与えられることの大きさ、情報の非対称性を強く意識するようになりました。

メディアを通して誰かの人生に選択肢と可能性を与えたい。そんなわけで、20代から30代の前半は出版、Webメディア、オウンドメディアと、主に編集者としてのキャリアを駆け抜けてきました。

家族の乳がんを経験

コロナ禍になり新規事業を模索。がんを起因とした情報の非対称性を解消したい、という思いから、オンラインがん相談サービスCancerWithを検証しはじめたころ、母が乳がんになりました。電話で知らされ、頭が真っ白になりました。まだがんの診断(よく確定診断と言われているもの)が出る前で、母自身も混乱していましたが、ぼくはこんな内容のことを精一杯伝えました。

  1. 原則これから主治医となる人の言うことのみを聞き、保険適用の標準治療を受けること
  2. イノベーティブで一見良さそうな解決策や、簡単な選択肢があるが、それらはほぼすべて嘘医療なので、メディアや他人の話は無視すること

ぼくは電話を切った後にめちゃめちゃ泣きました。

頭ではがんのことをわかっていたはずですが、混乱の極みでした。

「がん=死」ではないとわかっていても、それはがん診断前の今は確率の話でしかない。蓋を開けてみるとステージⅣの進行がんで、すでに全身に転移していたりするのかもしれない。

コロナ禍ではあったものの、東京から大分まで4〜5回通い、すべての問診や診断に立ち会いました。

母はぼくが4歳の頃、もう32年ほど前、交通事故に遭って以来、車椅子生活を送っています。これまでずっと迷惑をかけてきたし、何一つ親孝行らしいことをしていない。なのになぜ母ががんなのか。

こればかりは仕方ないと思いつつ、最初は納得できない気持ちもありました。

が、徐々に冷静に考えていき、どうやったらがんとともに母が歩んでいけるのか、家族として考えた2021年でした。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」って恐ろしい。恐ろしいと同時に素晴らしい。忘れられることは人類の獲得した素晴らしい形質のひとつだと思う。就職活動、転職活動、結婚式場選び、家の購入、葬儀 etc. 喉元過ぎれば熱さ忘れるライフイベントはたくさんありますが、母の乳がん罹患は2021年で間違いなく忘れられないイベントとなりました。そして忘れないために、たびたびこの時の体験を振り返っています。

この経験を活かし、がん患者さんの抱える課題を解決するためのスタートアップに取り組んでいます。

がんとともに歩む

スタートアップの経営者としてあえて異端と思われることを言います*2と、がんで人は亡くなりません。そしてがんは克服できません。

株式会社ZINEとしては、がんは打ち勝つものではなくともに歩むものだと考えています。だからこそ「CancerWith」という、まさにがんとともに歩むプロダクト名にした経緯があります。

混乱の極みにあると、どんなに賢い人でも選択を誤ることがある

なぜがんになった本人やその家族はぼくみたいに悲しい気持ちになるのかというと、がんになると死ぬ先入観があり、先が見えず不安になってしまうからです。実際には「がん=死」ではなく、がん種によっては徐々に生存率が上がっている*3のですが、未だ死のイメージは拭えません。がん患者さん本人はおろか、家族も悲しい思いをする。がんの疑いが生じた4割の患者さんが仕事を辞め、情報収集に専念する*4のは少しでも長生きしたいからです。

まだがんかどうか確定していないため、離職の理由は「一身上の都合により」。会社側もがん疑いのための離職を把握できていない現状があります。

夫婦ともに仕事を辞めて、がんの研究(論文を読んだり、患者として学会に所属し情報収集したり)を行う、という方のお話を伺う機会がありました。東京にお住まいの方なのですが、行き着いた先はとある地方の研究所でした。決して勧められるられるものではないためリンクは張りませんが、「陽子線治療センター」を標榜する施設です。夫婦は陽子線治療に300万円、旅費・その他の治療費などもあわせて400万円を支払ったそうです。

インターネットを検索すると、

癌治療の一種として実用化されている

引用: 荷電粒子砲(2021年11月15日 (月) 11:18UTC)ウィキペディア日本語版

のような嘘記述*5が大変目立つが、一般の方はWikipediaにこう書かれていたら信じてしまうでしょう。他にも医師資格を持つ方がさまざまなページでがん治療に効果があると説明する。そして全国に同様の施設が点在しています。

数年かけて調べればよりよい情報にたどり着けるかもしれませんが、そんな時間はがん患者と家族に残されていません。治療を開始するまでの1〜6ヶ月で高度な情報収集と意思決定を行わなければならないからです。100人を超えるがん患者さんにヒアリングしてきた経験から、嘘を嘘だと見抜くことにリテラシーの差はないように思えました。

人はイノベーティブで安易な解決策を望んでしまうもの

「陽子線でがんが治る」「がん手術をしてはいけない」「キノコを食べたらがんが治る」のような甘い台詞は、高度な情報収集を行わなければならないがん患者とその家族にとって、とても魅惑的に聞こえます。

同じようなものに「納豆ダイエット」「バナナダイエット」があります。ダイエットとがん同じにするとはけしからん。しかし、ぼく自身もイノベーティブで安易な解決策を望む気持ちがわかるので、同じに思えてならないのです*6

がんという病気と人体のふしぎ

がん細胞は毎日5,000個生まれていると言われています。これだけのがん細胞が生まれながらもがんにならないのは、NK細胞というものがあり、がんを退治している*7からです。

がんは偶発的に罹患するもの

そもそもがん細胞は日々生まれているので、がんになった人が怠惰だったり不摂生な生活を送っていたからなってしまうものではありません。

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突然変異(突然変異にも種類があることがわかっている)、偶発的に起こるものが半数以上を占めています。「がん家系」という言葉がありますが、ぼくもこの事実を知るまで「うちはがん家系だ」と思い込んでいました。

突然変異自体は悪いことではない

今を生きる人間にとってこんな突然変異でがんになってしまうなんてとても不便です。が、突然変異自体は悪いことではないと個人的には考えています。

たとえば地球に生命が誕生してから38億年間、突然変異によって生命は命をつむいできました。最初の生命にとって酸素は有毒でした。酸素を取り込み地上で活動し、二足歩行で大地を歩く、石炭を食う鉄の馬を発明する——これらはすべて突然変異によって起こってきたものです。

たまたま突然変異した個体が自然淘汰の結果残り環境適応していき、また環境適応する。

がん細胞が毎日生まれ続けているという事実は生命であるかぎり当然と言うべきものです。その意味でもがんを克服することはできない、と考えています。勝俣先生との対話の中でもそう思うようになりました*8。やはり人類はがんとともに歩むしかないのだ。

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突然変異とスタートアップ

スタートアップ自体も突然変異みたいなものです。

頼まれもしていないのに勝手に社会課題を見つけてきて解決しようとする。これらスタートアップの取り組みは、20社に1社ほどしか成功しないと言われています。しかし、自然淘汰されず適応(受け入れられることに成功)した1つの取り組みは社会にとって必要不可欠で普遍的な価値になります。当たり前のように使っているiPhoneだって最初は異端児でした。ぼくらの取り組むCancerWithもまだまだ異端児ですが、この1年でまた大きく姿を変え、今後社会に広く受け入れられる普遍的な価値になると信じています。ぼくは大学時代地質学専攻だったのですが、生命科学を学んできた者にとって、スタートアップの仕事をすることはロマン以外の何ものでもありません。

明日の当たり前を目指す

脊椎を持とうと意思決定したピカイアや、最初に陸上に上がる意思決定をしたイクチオステガのように、株式会社ZINEはがん患者さんにとっての当たり前を作る意思決定をしました。まずはがん相談から始め、今年は様々なプロダクトでがん患者さんに価値あるものを世に問います。

まだまだ何が患者さんに受け入れられるのか検証中ですが、みなさまの協力を仰ぎながら一歩ずつ歩みを進めて参ります。

がん患者本位のスタートアップを今やる意味

医師・製薬会社・政府(官僚)中心の経済圏がこれまでの医療業界やがん治療での当たり前でした。

カンブリア紀のアノマロカリスのように、ぼくたちよりも何倍も大きな会社がたくさんあります。しかし、がん患者さんにとって真に使いやすい仕組みにはなっていないと思います。患者さんの課題を解決し、その解決策を誰もが扱える仕組みとして普遍的なものにすること。これがぼくたちの挑戦です。

スタートアップにとってはタイミングが重要であるとビル・クロスは言います。2年前の2020年でも2年後の2024年でもなく、なぜ今この事業に取り組まなければならないのか。

それは、今こそががん患者さんの課題を解決する唯一のエントリーポイントと思えるからです。2023年に控える第4期がん対策推進基本計画ががん患者さんにとって大きな節目となります。これからがん患者さんを取り巻く状況はさらに大きく変化していきます。他のステークホルダーの皆様と価値提供を目指してまいります。

がんを起因とした情報の非対称性を解消したい

そんななか、患者さんに真に寄り添ったスタートアップを経営することの意味を考えました。

「真に寄り添う」ということは難しいものです。何も言わず、物理的に隣にいることがベストだったりする。そうなるとオンラインやテクノロジーの介入余地はあまりありません。

ぼくたちは検証を重ねている真っ只中です。

スタートアップはそもそも自然淘汰される生きもの

このコロナ禍で会社が倒産するケースも周りで増えてきました。株式会社ZINEでは会社から誰もいなくなってしまう経験を2回しているのですが、なんとかみなさまのおかげで会社が続いています。

これからさらに待ったなしの状況になる中、早くがん患者さんにとっての当たり前を作らなければならないと考えています。

スタートアップは突然変異で生まれた異端児ですので、そもそも自然淘汰される生きものです。ただ、スタートアップをやっている面白さは自分のがんばりで成功確率をコントロールできる点にあると思っています。

「諦めなければ成功する」、と言われますが、その通りだと思います。これまで20を超える新規事業をやっては諦めてきたのはぼくの性格ゆえでした。ただ、Founder Problem Fitを経て、昨年9月に二宮を取締役に迎えたぼくたちにもう迷いはありません。もちろん自然淘汰される可能性もありますが、当たり前を作るためにこの1年走り抜けます。

がんばるぞ!

寅年の戦いが今日からはじまります

今日は元旦。2022年は勝負の年になりそうです。

コアメンバーとなる仁田坂、池田、二宮は全員1986年生まれで経営陣は全員寅年です。あまり周年に意味はないと思っているのですが、日本人としてはひと区切りのようなものを感じます。

がんばるぞ!

パートナー募集中

CancerWithに興味を持っていただける病院・製薬企業・企業の方いらっしゃいましたら、ぜひ以下のフォームよりお問い合わせいただけるとうれしいです。

https://cancerwith.com/#contact

採用募集中

これを読んでいる異分子の方にぜひお願いしたい、というか仲間を増やしたいのですが、突然変異の繰り返しによってのみ社会は変わります(変わる可能性があります)。ぼく個人としてはがん以外にも、さまざまなスタートアップに取り組む人が増えてほしいと思っています。

ぼくらの領域では、医療、製薬企業、政府、さまざまなステークホルダーが絡み合うなか、患者さんを取り巻く状況はあまり良いものとはいえません。まずは副業から始めてみませんか? ぜひご連絡をお待ちしております。

もちろん寅年以外の方も歓迎です。

https://zineinc.co.jp/#contact

*1:実家には本棚に収まりきらない雑誌があり、8部屋を埋め尽くしている。同世代の中でも雑誌には比較的多く触れてきたほうだと思う

*2:ぼくは医療者ではありません。なので、すべての発言は医学のバックグラウンドがないことをご了承ください。ぼくにはスタートアップの経営者であることくらいしか価値がないことを理解しています。医療については勉強中ですが、勉強中だから発言しないというわけではなく、後述する理由から、あえて異端児的発言をするのが仕事だとご理解いただけるとうれしいです

*3:がん情報サービス 年次推移

*4:がんの診断を受けた4割弱の方が誰にも相談せずに離職しています(2015~2018年、国立がん研究センターなど) CancerWithブログ

*5:ごく一部のがん種では保険適用がなされているが、20年間以上先進医療から標準治療となっておらず、多くの方にとって実用化されているとは言いがたい状況にあると思う 医療保険制度に関する主な論点 平成30年4月19日 厚生労働省保険局 以下も参考にしたい 300万円かかる「がんの粒子線治療」は本当に夢の治療か? ダイヤモンドオンライン

*6:26年続いたNHKの生活情報番組「ためしてガッテン」(現在の「ガッテン!」)も2022年3月に終わります。厳密に言うと、「納豆ダイエット」はガッテンではなく、フジテレビ系列「発掘!あるある大事典」が元。2007年の納豆放送をきっかけに、全国各地のあらゆるスーパーから納豆が消えたことを記憶している方もいますが、いかに人々がイノベーティブな解決策を望むのか端的に表す事件だと思う。ぼく自身はこの番組がすごく好きなのですが、日本人の価値観も変化していくように、イノベーティブな解決策が受け入れられなくなり情報をより個々が精査しようとする流れが生まれるといいなと思っています。

*7:似ていて信じてはいけない先進治療に「NK細胞療法」というものがある。クリニックの医師が効果を喧伝しているような状況だが、2021年1月現在、NK細胞療法は真っ赤な嘘なのでこれを信じてはいけない

*8:なので、「がんを克服する」「がんを消す」と謳う本はまず疑ってかかったほうがいいと思うし、だいたい嘘だと思っている